松前神楽

沿革

  松前神楽は、凡そ五百年前に武田氏が蝦夷を平定して十余の豪族を統一、松前藩の基礎をつくった時にはじまり、そのころ戦勝を祈願して種々の火狂言や社人の舞を行ったのが起源です。

  松前家第十代・時の松前藩主 武田矩廣(のりひろ)公が、古くから松前地方の各神社で行われていた御神楽の演技種目を統一し、一六七四年延宝二年十一月十五日、藩主自らが祭主となり領内の神職を城内本丸の槍の間に集め、鎮釜湯立式松前神楽を修業したのが城内神楽のはじまりで、約三百五十年前の事です。

  以来、隔年毎に松前城内で行う恒例行事と定め、明治維新の廃藩まで厳修されてきましたが、廃藩後はこの御神楽に参加した社家神職によって継承、現在は道南・後志の神社を中心に奉奏されております。

  松前神楽は、能楽・舞楽系統のものから構成され、折目正しい格調高い神事芸能であり、湯立の儀式と舞楽合わせて三十三神事に亘る大神事で、歴代藩主は神職の必修科目として奨励したと伝わっております。

 

 

 ◆昭和三十三年 四月  北海道文化財保護条例の規定に基づき北海道無形文化財の第一号に指定。

 

 ◆平成  八年 六月  文化庁より記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択。

 

 ◆平成 十一年 四月  国の重要無形民俗文化財指定に向け、松前・福島・函館・小樽各ブロック保存会により

             松前神楽北海道連合保存会を結成。

 

 ◆平成 二十年 六月  北海道文化財保護条例の第二十六条第一項の規定に基づき北海道無形民俗文化財に指定。

 

 ◆平成 三十年 三月  文化財保護法第七十八条の規定により重要無形民俗文化財として文部科学大臣により指定  

             され、現在に至る。


後志松前神楽保存会で奉奏される事の多い神楽

松前神楽は宵宮祭・本祭の祭式を終えたのちに奉奏されます。

一度のお祭りで3~5座の神楽を行う場合が多いです。神殿内はスペースに限りこそございますが、

大勢の方に神楽をご覧いただけるよう最大限配慮致しますので、興味のございます方はぜひお越しください。

※松前神楽の奉奏を中止し、神事のみとなる場合がございます。

 祭典の近日には情報をおしらせ致しますので、予めご確認いただきますようお願い申し上げます。

神楽始

松前神楽に入る前に行います。楽(笛・太鼓・手拍子)と神歌により、これから松前神楽を奏上することをお知らせします。

榊舞(幣帛舞)

神社の宮司が神域を祓い清め、神拝して御幣を奉るという、いわゆる神職の神明奉仕の姿をした舞です。

 

福田舞(跡祓舞)

四方の神々を拝し、

祓い清めて諸々の災

いを除き、五穀豊穣

を祈る舞です。


荒馬舞(松前遊舞)

松前遊・正前遊ともいいます。御城内恒例の神楽修行の際、藩主の機嫌が悪く、これを直さんと考えて馬術の様子を即興的に創作演舞したところ、殊の外御満悦されたという舞で、主に少年が演舞する舞です。

山神舞

この舞は海鳥の有様をまねて、舞い遊ぶ姿を山神に御覧に供する(御覧いただく)意の舞です。

利生舞

神々に初穂を献じ鎮魂を祈る為、

烏帽子・狩衣・扇・玉鈴を持ち行

う二人舞です。

主に宵宮でしか見れない舞です。

 

 


二羽散米舞

庭散米とも書き、鳥名子舞(とりなごまい)ともいいます。鶏は光明の時を告げ、世の始まりに地を踏み固めた瑞鳥とされています。雌雄二羽の鳥形を頭に冠し、羽には雄が瑞雲即ち天を、雌が海波即ち地を表します。

雌雄親しみ世が平和である事を神の恵みである米を撒く事により五穀豊穣を祝う舞です。

神遊舞(天皇遊舞)

二人の武人が弓矢を持って四方の

悪魔を退散し、直く正しい心に返

す意の舞で、松前藩の威徳を内外

に示し、天下泰平等を祈願した舞

です。

  この舞は武田矩廣公の作と伝えら 

  れてます。

 

三番叟舞

背が低く、顔の黒い精力絶倫の老翁が、才智多い子孫に恵まれ、今尚健康長寿である事を喜び、腰を屈めながらも元気よく大地を踏みしめ舞い遊ぶ姿を表し、家門の隆昌・子孫繁栄を祝福した舞です。

 


翁舞

面白く、背が高く心柔和な老翁が、額に幾重のしわが寄っても身体壮健で幾年月を経る間に、身分の高い位に登った姿で、舞中に願い事を言葉に表し、息災延命・立身出世を祝って舞う福禄寿の備わった最も目出度い舞です。

獅子舞

 十二回手が変わるというので十二手獅子舞と言われており、当神社での祭典ではこの内「五方」と「面足獅子」を奉奏する事が多いです。

「五方」は、東西南北と正中(真ん中)を祓い固め蝦夷鎮定・国土安寧を祈念した舞です。

「面足獅子~もたりしし」は「佐々良舞~ささらまい」とも呼ばれており、猿田彦が鎮まる獅子を手玉に取り、遊び戯れて平和な世の中を招く舞とされています。

太平楽

越後の国一宮彌彦神社の無形文化財である太々神楽は各地方の祭典にも寄与され越後の国独特の情緒を表しています。

太平楽は天の岩戸の変の際、イシコリドメノミコトが天の金山の鉄で八咫鏡を造り、完成を祝ったという故実があります。

太平楽という言葉には「すきほうだい」「でたらめ」「のんきにかまえる」等の意味があり、この舞も二枚の盆を左右の手にそれぞれ1枚ずつもって即与に舞ったと云われています。


注連祓舞

社殿の天井に十文字の注連縄を張り白扇で四方と中央を祓い、次に真剣を持って之を切り払い、悪魔退散・国土安寧・千秋万歳を祝した舞です。

ちなみにこの切られた紙垂(しで)は安産・火災除けのお守りとされております。

千歳

百千歳の齢を重ねた老翁が大君より長寿を祝福され、目出度い福箱を賜ったので喜びの余りに手の舞、足の踏むところも知らず舞う姿を表したもので、身体強健・寿命長久を祝した舞です。

また、「翁」「三番叟」の御箱開きの舞でもあります。

四箇散米舞

弓・鉾・剣の三種の武器をいただく儀式舞で、松前藩の天下泰平を祈願する四人舞です。